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No.10 フリッパーズ解散に寄せるコメント あ行
1991年10月29日、正式に解散を表明したFlipper's Guitar。その彼らの解散のときに様々な人から送られたコメントを振りかえってみます。今回はあ行。(参考:ソニーマガジンズ『パチパチ読本』5号)

『i-D JAPAN』編集部
いやぁ、取材時間には遅れるわ、メシは喰うわ(←i-D2号参照)、解散はするわ、まったくしょうがないですよねぇ、コイツらは。しかし、小山田と小沢という、それぞれに天才的な二人がいっしょにやっていたということ自体、そもそも奇跡的なことだったのだと、パーフリがなくなってしまった今、つくづくと感じます。その後の連載に使おうと思って撮りためてたヴィジュアルは、もったいないけど・・・・・・。罪ほろぼしのつもりで、解散後も絶対につまんないことやらないように、小山田君、小沢君。

−この企画は他誌編集部にもコメントを求めてるのが特徴。「小山田と小沢という、〜奇跡的なことだったのだと、〜」のくだりは、今現在、さらに多くの人が思っていることでしょう。「解散後も絶対につまんないことやらないように」・・・あるイミ、ほとんどの人にとってすごくつまらないことをやり続けて、僕らを楽しませてくれてるのが2人です。−


いしかわじゅん(漫画家)
どうして、あのMマガジンなんかじゃ、あんまり評判がよくないんだろう。ぼくは最初から好きだった。金持ちの子弟が浮かれてるって感じが、すごくよかった。やっぱり生活の苦労は、ないに限るよ。アルバムは1枚目も2枚目も好きだけど、でも3枚目はあんまり聞いていない。もっとわかりやすくしてほしかったなぁ。

−「金持ちの子弟が浮かれてるって感じ」・・・確かに。−


石野卓球(電気GROOVE)
バンドなんて、結成したときから解散に向かって活動してるようなもんだからね。どのバンドにも遅かれ早かれあること。"明日は我が身"。続けることに意義を持ってもしょうがない。 それにしても、売れなくなってからやめるのと違って、今の状態でパーフリがやめるのはカッコいいなぁ・・・・・・カッコいい!うちも解散しようかな。(笑)

−前半は真面目なのに、イチバン最後のコメントなんか、非常に卓球らしい。−


今津甲(ライター)
They were not the sort of boys who smile to say "hello!" But they,re not to be blam. It's just a story in the city where the music is overused. So take off my favourite shirts and breathed the winter's chill...I don't care if you call it prayer or fate.

−僕もこんなふうに、フリッパーズの歌詞ばっかりで文章を作った思い出が・・・ってゆーか、"blame"のつづり、間違えてないか?こんなのって気になるのよね、僕。−


梅山弘子(スタイリスト)
パチ・パチ撮影でスタイリストになって初めて、"ぬいぐるみ"(人が着る物)を借りる仕事をしました。スタイリストたくさんいるけど、ぬいぐるみを借りたことがある人ってあまりいませんよね。貴重な経験をさせていただきました。どうもありがとう!
それから最後にキョンキョンの唄みたいですけど・・・・・・ "あなたたちに会えて本当によかった!"

−たぶんずっと憧れの仕事だったであろうスタイリストになって、まさか着ぐるみを借りさせられるとは思わないよねぇ。−


江口寿志(漫画家)
そーですか。解散ですか。
日本の出版界も寂しくなりますね。
えっ?フリッパーズって音楽界の人?

−もちろんギャグ。フリッパファンなんだから。−


『MCシスター』編集部
シスターの取材では、スパイの格好をしてもらったり、宇宙服まで来てもらったりホントにご苦労様でした。もっとも、ジャケ写やビデオの撮影ではもっとスゴイものも体験ズミとのことで(牛とか・・・・・・)、お二人にはそれほど目新しい撮影ではなかったようですが。小山田君が宇宙服のヘルメットをかぶっても、愛用のカンゴールのゴルフ帽を手離そうとしてなかったのが印象に残ってます。

−ファッション誌にもたくさん出ていましたね。−


遠藤遼一(ソフトバレエ)
人のフンドシで相撲をとるフリッパーズ・ギターのみなさんを僕はとても大好きでした。これからもそのオシャレなサウンドをつきつめてがんばってください。

−フリッパーズってソフトバレエを特によくバカにしてたというか、ネタに使ってたんだよねぇ・・・−


大槻ケンヂ(筋肉少女帯)
あまりフリッパーズ・ギターについて詳しくはないのですが、「解散」というのは、最近のブームともいえるバンドの分裂がまたひとつおこってしまったというわけで、とてもとても残念な気がします。数年の月日が流れ、「あの解散は若気の至りであった」と、どちらかがもし思うことがあったら、それも悲しいことです。何より「解散」というのはその字面からしてわびしい・・・・・・。
それではお二人ともがんばって下さい。

−意外にもマジメに語ってますねぇ。ちなみに、フリッパーズの2人は「大槻ケンヂは文章のプロだけど、音楽のプロとは認めない。」みたいな発言をしてました。−


岡崎京子(漫画家)
フリッパーズ・ギター解散!というウワサは実は私、結構前から某所数ヵ所から聞いてはいたのですが、あのお二人、あれがあれしてああですので、「またウソこいて」と本気にしてませんでしたのよ。でもご当人のうちの一人オザワ氏にたまさかお逢いした時「本当っす」と言われ、「そうか」と思いましたことよ。その時「嗚呼、ファンの少女たちはこのニウスをまだ知らないんだなぁ、フフフン」と、いささかある種のコーフンを覚えたことを正直申し上げます。いやね、私ったら。
お二人のお仕事が頗る素晴らしく、このことが勿体なく思われますが、手元に残して下さった目の快楽の円盤に酔いしれる幸福を追憶と共にかみしめたく思います。
ぜいたくを言わせて頂ければ、もっと私たちをいろんな意味で綺利綺利舞いさせて頂きたかったのですけど・・・・・・。言ってもせんないことですわね。逢うは別れの始めと言いますしね。左様なら、"ヨーソロー"F・G。

−特にフリッパーズと仲良かった岡崎京子さん。独特の文章。この人は解散どころか・・・−


岡田美苗子(『POPEYE』編集部)
ポパイでフリッパーズの連載『VIVA DEATH ROW』が始まったのは、'90年9月のことでした。数々の問題発言(別に私はそれほどのこととは思ってなかったけどね)で、その業界の方々の間では物議をかもしていたそうで。知ったこっちゃありませんが。